【世界一周完結】大学生が世界一周して感じたこと、学んだことをやっと書き終えました。

昨年の7/16、僕は世界一周の一人旅にでました。そして今年の1/24に帰国しました。

2018/07/16に世界一周スタート!!改めてなんで世界一周するのか

けど、まだ旅のまとめ記事を書いていませんでした。書く時間はたくさんあったんですが、書けませんでした。それはたぶん、自分の世界一周に区切りを打つのが怖かったんだと思います。でも、そのままというわけにもいきません。

 

これまで就活の面接は代表・部長の経験だけをアピールしてきたんですけど、ある会社には世界一周をすごく深堀りされました。だからそれをきっかけにまとめておこうとおもいます。

 

こういうのって旅終わってすぐにかかなきゃ意味ないだろって思うひとがほとんどだと思います。ぼくも少なからずそう思うとこもあります。ですが、旅を終えてもうすぐで五か月。これだけ日常生活に溶け込んでも心の中に残っているも、それが本当に旅で得たことだと思います。
忘れてしまったことのほうが多いでしょう。でも、旅一瞬一瞬で感じられる幸福よりかは、旅を通して自分の中にのこったかけがえのない宝物についてはなしたいので、これでいいのだと思ってます。

旅の客観的事実、費用とか国とかそういう記録と、感想・振り返りの二部構成します。さきに感想とか思いをかいちゃいます。デキる限り読みやすいようにまとめようと意識しますが、たぶん読みづらくなります。ご容赦ください。

 

旅に出る前の想いを思い出してみた

去年の5/30に書いてる記事を発見。改めて世界一周に出た理由を書いてますね。

 

  • 世界一周ってかっこいいから
  • 人と違う人生を歩きたかった
  • 感動したかった
  • 困難に身を置きたかった
  • 日本に生まれたんじゃなくて地球に生まれたから
  • 海外で働くための土台
  • 偉人・著名人は旅をしている

ひっさしぶりに読みましたね。なんか別人というか、違う人の記事を読んでいる感覚。そのくらい変わったところを見つけました。

一個一個簡単に感想を述べるとしたら

  • 世界一周ってかっこいいから
    →やってみるとなんでもないって気が付くぞ。そして周りの人にすごいじゃないですかって言われることを求めたってしょうがないって気が付いたぞ
  • 人と違う人生を歩きたかった
    →たしかに他の多くの人がやっているわけではない世界一周をやったけど、だから何だって感じだ。それでお前自身は満足したのか?それが重要なんだぜ
  • 感動したかった
    →ノルウェーの美しい景色、オーロラ、トルコギョレメの気球、ネパールの山々、グランドキャニオン。どれも素晴らしかった。心震えたよ
  • 困難に身を置きたかった
    →「チケット購入や、宿の予約、公共交通機関の利用などなどを異国の地で一人でやらなければなりません」そうか、旅に出る前はこんなことを不安に思っていたのか。だとしたら成長したのかな。異国の地でバスを逃しても地下鉄で追いついたり、陸路国境を閉鎖ギリギリに突破したり、一人暮らしの北極圏にいるおっさんの家に住み込んだりしたぞ。少しは成長できたかも。
  • 日本に生まれたんじゃなくて地球に生まれたから
    →まず間違いなく人生の様々な選択肢の「場所」っていう項目の幅は広がったぞ。外国の友達も増えた。よろこべ地球人。
  • 海外で働くための土台
    →海外で働きたいっていう思いは消えたぞ。というより海外がとても近しい存在になったことで海外で働くっていう場所だけにモチベがある状態じゃなくなったよ。なにをするか、人を助けるとしてそれが世界中の人ってなったら自ずと海外で働けるね。
  • 偉人・著名人は旅をしている
    →だからといって、この旅を通して偉人や著名人たちの世界が見えるわけじゃない。そういう短期的な利益を期待していたな君は。どんまいだ。ただ、もし今後大きな成功を成し遂げたら、間違いなく旅のおかげでもある。間違いなく財産だよ。

 

こんなかんじですね。

振り返るとやっぱり考え方とかはかわってきているんですね。改めて実感しました。それでは、旅を終えて思ったことをつらつらと書いていきます。

テーマは

  1. 「この世は愛と優しさが支えている」
  2. 「やるやつはやる。やらないやつはやらない」
  3. 「自分の知っている正解はこの世の正解ではない」
  4. 「自分の人生は自分の心がきめること」
  5. 「夢を抱こう」

の5つですかね

 

世界一周で得たこと①この世は愛とやさしさ。それに感謝。

 

旅を終わって、どうだったって言われると楽しかったってのが一番大きな感想です。でも、楽しかったってのは日々笑って騒いで遊んでいたからではありません。1/3以上は辛いこともありました。でも、それでも楽しかったと言えるのはそのつらい時に助けてくれる人がいたから。
辛いことを経験したことで人の温かさを知れた。

  • タイで泊まった宿のスタッフが話しかけてくれて、拙い英語でお話した夜。そんな彼とはこの前秋葉原でお酒を飲みました。
  • タイで遠すぎるけどタクシーは高すぎるときに相乗りしてくれたドイツ人
  • 英語も書いてなくてなにもわからない僕を助けてくれて昼ごはんも一緒に食べてくれたルーマニアの女の子

あげるときりがないです。

この世には優しい人が本当に多い。それと同じくらい悪い奴らもいました。けど、優しい人が多い、それだけで十分なんですよ。困っていたら声をかける、助けるそれだけで誰かの一生の記憶になる。優しさって簡単に言うけど、本当に優しい人は日本にどのくらいいるのだろうか。

 

もう一つは愛について。愛っていう単語はタイの三日目で出会った同い年関西世界一周大学生のゆうたがよく使っていたので、影響されてよく考えるようになったものです。貧乏旅ってとにかく常に不足状態なんですよ。食費を抑えるから栄養足りない、安宿だから休まらないからだ、そんな不足している体に沁みるのが愛です。

タイにいてゆうたに出会うまでは、一人で食堂に入る勇気がなくてコンビニでやっすいクッキーとか食ってたんですけどゆうたに連れられて飯を食ったときの感動は忘れません。魂、命が料理にありました。料理人の愛を感じました。おおげさな表現だけど本当にそんな感じ。物価が高い国では食材を買って共用キッチンで自炊をしていたので、日本で毎日ご飯を作ってくれた母の偉大さ、愛にも気が付きました。不足しないとわからないもんでした。

それと家族愛。ひとりで観光地を歩いていると欧米人の家族をよく見かけます。欧米人の家族旅行は本当によくみかけました。すごく楽しそうに観光をしていて、やっぱり家族っていいなって人類が作り出した最高の組織形態が家族ですよ。
たまらず家族を年末にフランスに呼んでしまいましたもん。普段はいえないですけど、本当に家族には感謝をしてますし、しきれません。そして大好きですね。父、母、兄の一人もかけてはいけませんし、かけていたら今の僕はないでしょう。

本当にすべてのことに感謝です。豊かな国だからこそ忘れていましたが、感謝です。常にこの感情を忘れてはいけません。

世界一周で気づいたこと②やる奴はやる。やらない奴はやらない。

 

この旅の期間は全て自分で考え、自分で判断し、自分で反省をしていました。すべて自分スタートです。強制されることはありません。そこで本当に実感したのは、人生を作っていくのは自分しかいなんだなと。自分で作ってきた実感がないです、正直これまでの人生は。それはそんだけ自分で意思決定した数が少ないから。そりゃ、やりたいことってなんだ?ってなっちゃいます。

旅で出会った外国人の旅人の多くは、仕事をパソコンでしながら旅をしていました。

  • カンボジアのプノンペンで出会ったいかついブラジル人兄弟は投資
  • ラオスのルアンパバーンで出会った水着美女はイラストレーター

ジョージアで日本人の友達のバスキングをベンチに座ってみていた時に、隣に座ってきたジョージア人に話しかけたこともあって、彼はジュース会社社長。若者がより良い人生を生きるためにはどうすればいい?って聞いたら、君のやりたいこと・願望ってのは心の中にしかない。外にはないんだ。外の奴らに耳を貸すな、ただただ自分の心の声を聴けってめっちゃいわれました。
まぁその人に教えてもらった会社名、Googleでヒットしなかったんだけど、、、、笑

そんなこんなで自分の人生を好きに選んで、好きに生きている多くの人に出会いました。自分でお金を稼いでいるから自分の好きなように旅ができているんです。最も幸せな生き方の一つだなって思います。ジョージアで襲ってきた物乞い軍団も、自分の力で生きようとした結果なんですよね。ただ何も考えず、言われたことだけやって生きている人よりは、生きるエネルギーは強いです。

それで、思ったのは人生は自分次第。いま世の中に名を残している人はやった奴で、負けたやつはきっとどこかでやらなかった奴。それが真理なんだとおもいます。旅をしながら英語の勉強を続けたりできていれば、俺も今頃レベルアップできていたんだと。あんだけ自由な時間があっても継続できなかった、やらなかったから。あそこでやっている奴が成功する。
他のことはなんにも関係ない。やる奴はやる、やらない奴はやらない。だから、どのようにやる奴に変身していけるか、それが重要です。

 

多くの国で多くの物乞いをみてきました。物乞いは二つにわけることができます。

  1. 体が不自由で働くことができない人々
  2. 五体満足だが物乞いをしている人

思った以上に後者が多いです。日本のホームレスの方々もほとんどの人が五体満足ですが、おそらく社会の荒波に立ち向かえずにホームレスという道に至ったんだと思います。僕らが出会った物乞い達もきっとそうなんだと思います。明らかに元気なのに車いすに仲間を座らせて募金を募る奴もいれば、ただ缶やバケツを持って店を周る奴らもいました。ほとんどが若い子供たちです。ジョージアで襲ってきたのも子供5,6人と大人の女性一人でした。そういう負の連鎖から逃れられない人々を多く見ました。

甘ったれたことを言いますが、ぼくは彼らをよしとはしません。彼らの社会や文化についてはよく知りませんが、全てを諦めても他者を騙すことは許されるべきではありません。まだチャンスが残っている、立派な脚や腕があるのに。物乞いを見て、可哀そうだとか思うことは意外と少なかったです。体が不自由で生きるために物乞いをしている人々を見たときは、そう思いますが人から金を騙し取ろうとするやつは、怒りと共にもったいねぇ!!とおもいます。
旅をしていて、自由な時間があったので如何に人間は生きているだけでもチャンスは無限にあるのかと実感していたからでしょう。

そして、これらのことは日本人の僕らに最も言いたいんです。自分自身にこそ。戦争が終わった後の日本に生まれた時点で世界の中じゃ圧倒的な勝ち組です。さっきもったいねぇ!!って言い捨てた人たちはおそらく生まれた時点で大きなハンデがあったと思います。

それをバネに頑張れたやつと頑張れなかった奴の差は大きいですが、日本ではそんなに大きくありません。みんながみんな、自分たちが如何に恵まれているかをわかっていない。
そう、ぼくもわかっていません。あの時は本当に僕らは恵まれているのだと感じましたが、いまも感じていますが、じゃめっちゃ頑張れているのかというとそうではありません。恥ずかしい話ですけども。

全てはやる奴はやる、やらない奴はやらない。これに集約されています。やったかやらなかったか。ぼくは死ぬときに、あの時やっておけばと後悔することだけはないように、なんとか一歩一歩前進していきたいと思います

 

世界一周で気づいたこと③自分の知っている正解はこの世の正解ではない。

 

最も月並みなテーマですが、最も強く感じたものかもしれません。
分かりやすく言うと、日本の価値観と世界の価値観の違いですね。世界観がぶっこわされた!とかじゃないです。

その前に、世界一周の旅をすると価値観が変わる、人生が変わるなんて話を聞きますが、僕はそれは間違っている、言い過ぎだと思います。こういうのは前提がはっきりしていないのに全ての人が自分に当てはめようとしちゃうから、価値観変わんなかった人が落ち込んだりしちゃいます。

まず、元々引きこもっていたとか、海外に全く関心がなかった、人と話すことが苦手っていう人が世界一周一人旅をしたら、おそらく衝撃が大きすぎて価値観変わったと言えるでしょう。それとは逆に、元々コミュニケーションも取れて、海外も何回か言っている人がいざ世界一周、なん十カ国も周っただけで価値観が変わるとは思えません。正しくいうと、変化はあるだろうけど根本的な変化はないでしょうって感じです。
でも、世界一周行って、価値観変わった!!って思えたらそれはそれで素晴らしいです。

話を戻します。
ぼくはかれこれほとんどずっと日本で、東京で生きてきたので僕の価値観、審美眼、良し悪しは東京で形成されてきました。例えば、電車内でのマナーだったり、店員さんの態度だったり、話し方であったり。日本の関東、関西でさえ若干違うことはあるので、海外なんて違うことだらけでした。わかってはいても、いざ違いを体験すると困惑してしまいます。

旅でまず実感したのは、海外の店員さんの態度です。ほとんど全員ではないですが、世界的に有名なチェーン店とかではなくて地元のお店とか、商店街のお店の店員さんの態度は、日本人の感覚で言うと「不真面目」「勤務態度×」でした。

  • 客がいるけどカウンター内で携帯をいじったり、テレビを見る
  • 冷たい
  • 店員同士でおしゃべりしている

ぼくは寛容な人間というか、コンビニ店員もやっていたことがあるので店員さんに対して厳しい目を持つことはありませんが、それでも日本とは違いすぎて衝撃でした。

そして一番衝撃だったのは、お客さんです。
日本では店員さんが嫌な態度をとればすぐにクレームですし、イライラを顔に出す人がおおいです。ですが、その国の地元の人々は全く気にしません。それが日常だからです。

そこで僕は考えます。日本人は美徳とかいうけど、その美徳を他人に押し付ける嫌な民族なんじゃないか?実際のサービスには影響がないところまで目を付け、ゆるいことを許せない僕ら日本人が一番こころが狭いのではないか。お客様は神様精神、異常な接客クオリティーは正しいのか。日本人はなんて心がちいさいのだろうと強く感じました。(一部の人ですけどね)

お客さんと店員さんの話でもう一つ。アメリカのロサンゼルスにゆうたとJPLの職員の方とレストランでご飯を食べたときの話。爽やかで明るいお姉さん店員が席を案内してくれて、料理を注文しました。それでお肉料理を持ってきてくれた時に、僕たちがありがとうと伝えるとどういたしましてと言ってくれました。
日本では店員さんが料理を持ってきてくれた時にありがとうございまーすっていう人が多いと思います。おそらく店員さんは、どういたしましてとは言わないですよね。あの時のどういたしましてには衝撃を受けました。客と店員さんが真に平等な立場な感じがしましたね。

お金を払っているとはいえ、それを作ってくれるレストランや店員さん自体が存在しなければおいしいものは食べれません。持ちつ持たれつの関係です。それを自覚していれば、自然といらっしゃいませーが出てくるし、ありがとうございますも出てきますし、どういたしましても出てくるんだと思います。この関係がベストなんだなって知りました。

ぼくはこれまで、お客さんにマックスのサービスをするべきだと考えていました。それも素晴らしいですが、もっと互いを尊重しあうべきなのかもしれません。お客さんに対して、良いサービスをすることが無理なのであればそれはきっとお客さん自身にも問題があります。そんな互いを気遣うのがべすとだなーって思いました。

一つの価値観の変化ですね。日本で知った正解は海外では全然不正解。でも、僕が世界一周していてよかったなって思うのはあちらの正解に長く浸からないこと。違いをしり、自分の中で咀嚼し終わったくらいに次の国にいくので、日本で培った良さをぶち壊すわけでもなければ、全く変えようとしないわけでもない。一年間の留学とかでは、できない良い経験だったと思います。ウクライナの人は基本優しかったなぁ。

 

世界一周で悟ったこと④自分の人生は自分の心が決める。

自分だけの決断で始めた世界一周。社会に出る前だからってのもありますが、全て自分で考え決断し行動する日々はとても新鮮であり、楽しくもあり、むずかしかったです。日本にいる間は学生であれば他の学生と比較して自分を奮い立たせたり、焦らせたりすることができました。

しかし、旅先では誰も僕のことはみていません。旅ブログも毎日リアルタイム更新ではなかったので、見ている方の期待に応えようとか言う気持ちもありません。

なので本当にだらけていた日はだらけていました。新しい国に行けば、毎回テンションが上がって観光しまくるかと思っていましたが、ぼくはそうではありませんでした。めんどくさいなって感じることも多々ありました。ぼくは旅をしながらすでに、自分の心に従うことが最も大切だったと気が付いていましたというか、心がけていたのでめんどくさいときは、本当になにもせず読書ばかりしていました。正直、後悔もしています。僕の旅の唯一の後悔がそれです

じゃ、自分の怠けた心にも従うのは間違いであるという教訓を得たのかというとそうではありません。

自分の心を真に理解し、真に自分を満たす選択をするというのは非常に難しく、訓練が必要であるということです。

めんどくさいからなにもしないのも間違いですし、めんどくさいけど周りはやっているからとにかくやろうも間違い。今すぐ行動しろとか、見切り発車はするなとか自己啓発書やビジネス書に書いてあることって、書いた一個人にしか当てはまらないんですよね。大衆に当てはまるように抽象化されてはいますけど。

つまり、自分にとっての最良の人生の歩み方は自分の心に従うことそして、自分の心に従うのは簡単にできることではなくて、常日頃から取り組んでいく必要があるということです。

 

自分の心に従う難しさが一つと、あともう一つは自分の心に従うことで人生は切り拓かれていく。

旅で知った考えなんですが、「波動」ってしってます?

物理学の波の分野の波動ではなくてルカリオでもなくて

心の波動

スピリチュアルな話です。僕はスピリチュアルなものを信じていますが、これを話すとなんだかふわふわした話のままで終わってしまうので波動については簡単に説明して終わります。
波動っていうのは簡単に言うと、オーラ・運気みたいなものです。いい波動を持っている人の人生はいい方向に行きますし、逆もまた然りです。

この波動っていう考えを知ったのはタイで出会った同じく直感を信じまくる男・ゆうたがきっかけです。波動っていうものを知ったといっても、僕が実際に実践したのは常に心の中で感謝をしようっていうものです

  • 旅をさせてもらえている僕の環境
  • 両親
  • 友人・彼女
  • 優しくてくれた人
  • ご飯

全てに感謝をします。いただきますも日本にいたときの二億倍は感謝をこめます。実際に母の手料理のようなエネルギー溢れる食事はなかなかとれないので、アジアで安くてもしっかりとした食材でエネルギー満ち溢れている料理を頂けたときの感謝は半端なかったです。

それで、感謝すると何がいいのかというと、波動がよくなります=運気がよくなります。こういうことを実践している人っていうのはそれを実践していなくても、遭遇したかもしれない幸運をすべて結びつけるので怪しいって思っちゃうかもしれませんが、実践した過去をもとにした現在であることは確かです。

ぼくがそれを実感したのは、タイでゆうたにその考えを聞いてネットで調べて、とにかく心の中で感謝、ありがとうを唱えまくろうと思い、何事にモありがとうを結びつけながら夕飯を食べる店を探していたときです。なんだかんだいつも同じところで、ご飯を食べることにしてしまい、夕飯時だったので黒人の方と相席になりました。

ヘッドフォンをしていた彼はわざわざヘッドフォンを外して挨拶をしてくれました。英語に気合が入っていた時期なので、それも一つの幸運でした。ですが、まだまだ英語が話せない僕に嫌気がさしたのか、またヘッドフォンをつけてしまいました。あれはなかなか落ち込みました。

そして彼が先に籍を離れて一人で食べていたら、隣の席の方に話しかけられました。
なんと日本人の夫婦でした。旅行をしているお二人で、一人で食べている僕に話しかけてくれて、かつお水をくれました。がんばってねと声をかけていただきました。これは幸運だとびびっときました。

いま振り返るとちっちゃいことなんですけど、あの時は本当にいい感じに事が動いている!!みたいに思っていました。英語の勉強を頑張った次の日は話しかけやすい外国人が隣のベッドに来たり、同室の子が話しかけてくれたりしていました。逆に全然勉強しなかった東欧あたりはそういうのがあまりなかったような気がします。

 

結局、僕の旅ってダメダメなことも多かったですけど、自分の予想を超える出来事もたくさん起きたんです。それってきっと僕が自分の心に素直に従い続けた結果なのかなって思います。北欧で暮らしたいなって思って、不安だけど頑張ろうと思いworkawayっていうサービスに登録したら、
偶然のるうぇーのひとから連絡が来たりして、頑張ったときは神様が支えてくれたんだなーてて

んーなんか言いたいことがぐちゃぐちゃしてきましたね

 

世界一周で思ったこと⑤青年よ大志を抱こう

 

大学生活の集大成というか最後のミッション、世界一周。どんなに自分に自信がなくなったときも、世界一周をやり遂げる男なんだと自分を奮い立たせてきました。駅の乗り換えの際に友達に世界一周をしなかったら焼肉を奢るなんて宣言をしたことで、こんなことになりました。もし、あのとき宣言をせず自分の心の中だけにしまっておいたら、僕はやらなかったかもしれません。

そしてそんな大きな挑戦、夢であった世界一周が終わりました。世界一周をしながら、自分が真にやりたいことを見つけられたらいいなと思っていましたが、はっきりとは見つかりませんでした。わかったことは、人を喜ばせること、喜んでもらえることにやる気がでることくらい。

正直、いまは夢がないです。無気力といってもいいでしょう。あまりよろしくない状況と思われますが、ぼくは自分の心が迷いまくっているだけだと思っています。

たぶん、やりたいなーくらいで始まった世界一周を実行に移すことができたということで、僕の心はなんでもできるようになって、逆に迷い始めてしまったんだと思います。世界一周をするまえであれば、他にも将来の選択肢があってもデキるわけがないという気持ち一つでその選択肢を消すことができたんだと思います。ですが、いまは挑戦するのは誰でもできるというスタンスに変わりました。これは間違いなく言えます。

例えば、ぼくは将来独立、起業するためのステップとしてベンチャー企業に進もうと考えていますが、大手企業に入ってそれなりに安定の道に進もうと思えば進めると思います。ですが、本気で将来の独立を叶えることが可能だと思えているからベンチャー企業への道を簡単に、ナシにすることができません。

 

「やりたいなー」「いいなぁ」を見逃してはいけない。

 

それが口癖になった人はその人の夢をなにも叶えることはできなくなります。

ぼくの世界一周も、本心なのかはわかりませんけど「いいな」「やってみたい」「憧れる」ってよく言われました。ぼくはそのたびに「やればいいじゃん」って。

でも、みんなよくわからん理由を付けてやりません。その程度のモチベーションなら仕方ないですけど、小さいモチベーションでも不可能ではなく、他にそれを上回るモチベーションのものがないのなら、挑戦するべきだと思うんですよね。

シンプルに僕は、22歳の感覚で世界を旅してまわるのは今しかできないから、やりました。今は今しかありません。やりたくないことを後回しにする人は多いっていいますけど、真にやりたいことも後回しにしている人、これもまた多いと思います。では、あなたたちはいまなにをやっているのか。やりたくなくもないけど、やりたくもない。心、命の消耗です。

やりたいことをやり抜きましょう。

自分だけがやりたいことを自分だけの大志として心に刻み、成し遂げましょう。本当に今の自分、これまでの自分を振り返る最適なタイミングは常に今です。今、納得できる生き方をできていないと思うのであれば、自分の心に従って生きなおしましょう。日本人ならなおさらです。こんなに平和で、生まれた瞬間に人生が決められていない人種は少ないです。

 

大志を抱いて、自分の人生を生きましょう。

やりたくないことからはいくらでも目を逸らしてもいいです。ただ、やりたいことから目を逸らすのはやめましょう。やりたいことを成し遂げるために生じる障害(やりたくないこと)にだけ、気力を使いましょう。

すでに立派な大人で自分の人生を生きていると言っている人にぼくの声は届かないと思いますが、まだ学生、社会人3年目とかでただお金を稼いでいるだけ、生きるために稼いでいるだけなんて人には、真剣に自分の生きるこれからの人生の未来予想図について考え直してほしいです。

そういうのを考える時間の確保のために一年間休学したっていいんです。やりがいを感じていないのであれば仕事なんてやめてもいいんです。自分は自分のために生きているのか、国に誰かに搾取されていないかゆっくりじっくり考えましょう。

 

世界一周の旅に出て、人生は自分のものであり、世界の見方も変え方も全て自分次第と強く感じました。世界は意外と狭いですが、これからの自分の人生はとてつもなく大きな可能性の数々に枝分かれしているんだと。

 

最後に

 

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約半年の世界一周の旅、終わった直後にこれを書くべきだったかもしれません。しかし、旅が終わって日本社会に戻ってきて、それでも消えない旅の思い出、感覚、考え方、それらが真に旅で得たものなんだと思います。ぼくは旅にでて本当によかったといえません。言いたいですが言えません。それは自分の旅に対する期待が非常に大きかったていうのが原因ですが、後悔も多くあるからです。

もちろん得ることのほうがありました。正直、このブログで自分が一年間休学までしてやりきった旅に満足していない=失敗みたいな評価を下すことができるようになった自分に驚きです。これまでの自分なら、世界一周の旅をした自分をかっこよくアピールしたい、旅を最大限に自分に活かしたと言いたくて嘘ついて、きれいごとばかり並べていたかもしれません。
ですが、周りの目はどうでもいいです。今回の旅がダメだった、それでいい。むしろ若いうちの旅なんてダメでいい。そういえるようになれてよかった。

旅に送り出してくれた祖父母、両親、兄ちゃん、彼女、友人のみんなには本当に感謝しています。恵まれすぎている自分は、これから大きく羽ばたいていきたいと思います。

旅の記事はいったん終わりですが、このブログは僕がでっかい男になる記録なのでこれからも更新していきます。

ていうか、書きたいことまとまらないなー。イヤー本当によき旅だった。次はInto the Wildみたいな旅がしたいな。っていうので思い出したんですけど、Into the wildの主人公は最後に「幸せは分かちあえる人がいてこその幸せだ」って気が付いていましたが、僕もそれは本当に実感しました。
あのオーロラ、気球の絶景、グランドキャニオン、美しい街々 どれももっと多くの人と分かち合いたかったです

本当にありがとうございました。

🍊

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